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DOZO先生の銅像教育日記

銅像教育を研究していきます。 銅像教育研究家~時空を超えた感化~

第2回道徳授業 自由と責任

学力テストの後の6時間目に道徳授業。いつもと変わらずに行う。

導入発問
将来できるだけ自由に暮らしたいと思うか。
とてもそう思う 4
まぁそう思う  3
あまり思わない 2
全然思わない  1
子どもたちに聞くと、すべての子どもが3か4に手をあげる。
理由を聞いてみると、
4の意見
・楽しいほうがいい
・好きなときに好きなことがしたい
3の意見
・4だとやってはいけないことまでしてしまいそう
・人から頼まれるのも悪くはない
子どもたちから意見を聞いていると
「2と3の間はダメですか。」
と、質問が。
「もちろんいいよ。」
と答え、理由を聞いてみる。
すると、
・自由すぎるのは怖い
・バランスが取れているのがいい
とのことだった。
さらに、ある子が
「やっぱり2にする」
という。
「どうして?」
と聞くと
「自由のためにしなくてはいけないこともある」
とのこと。
自由の二面性に十分気がつけているのかなぁと思える意見だった。
「今日は、自由ということについて深く考えてみましょう。」
といい、教材へと入った。良いと思ったこと○、よくないと思ったこと×、疑問に思うこと△をつけながら範読を聞くように指示。
範読後、道徳みつけの時間を5分間行う。
その間、机間指導で子どもたちの意見に○をつけて回る。どの意見も個別に認めていく。
5分後、班で交流。
班で交流の様子も聞いて回る。
とある班で、発表がうまくいっていない。
司会術、議論の深め方のスキルを指導する必要性を感じる。
また、そもそも学級のつながりをより強くする必要性も感じた。
全体発表。
次のような意見が出る。
・どうして6年生なのに、こんなことをするのか。
・友達の失敗を笑うのは、よくない。
・人の写真を勝手に使うのはよくない。
・人の注意を無視するのはよくない。
・みえ子さんが止めないのもよくない。
・みえ子さんが最初に笑うのもよくない。
・この新聞を先生に見せたらどうなるのか。
この教材は×道徳がかなり目立つ。6年生で扱うにしては、やや難があると感じていた。
しかし、子どもたちは、そんな中でも例えば次のような○道徳を見つけていた。この視点はこちらが勉強になった。
・リレーの練習をがんばっていた宮本さんはすごい。
・去年の6年生の新聞はとてもいい。
・校内新聞自体をつくるのはとてもいいこと。

子どもたちの見つけた道徳を聞いた後、×道徳をたくさんつけられたなつみさんについて考えた。

「なつみさんは、なぜこのようなことをしてしまったのだろう」
人間の弱味に迫るための発問である。
子どもたちの意見は次の通り。
・笑わせたいという気持ちがあった。
・それを伝えたかった。
・本当のことを言いたい。
・珍プレーとして伝えたかった。
・「自由でいい」「自由な内容でいい」と先生に言われたので、自由にやってしまった。

子どもたちは、「自分が自由にするための条件」についてすでに感じ取っていたようだった。

最後に次の発問をした。
「本当の自由を手に入れるためにはどうすればいいか。」
子どもたちからすぐに答えが返ってくる。
・やることをする
・がんばる(→例えばどんなことをがんばる?)勉強とかやることをきちんとすればその分自由になる。
・人のことを考える
・忘れ物をしない(→というと?)小さなことをきちんとこなしていくことで、大きなことがこなせるようになる。
・人の嫌がることはしない
・メリハリをつける
・自由すぎないくらいに(→なぜ?自由だけだと悪いことをしてしまうかも)

ここまででタイムアップ。最後に感想を書いた。

教科書に書いている「本当のことだけど…」は、人のことを考えないで、勝手にしていることがわかった。でも、その自由は人のことを考えない、自分だけの自由だと思いました。私が思う自由は、人のことを考えながらも自分の幸せ(自由)は、誰かに頼らずに自分でつかみとるものなのだとあらためて実感しました。だから、人を思いやることは、大切だと思った。

自由というのは、自分が好き勝手やるんじゃなくて、最低限のルールは必要なことがわかりました。私もそのやり方をやってみようと思いました。

自由は大切だけど、使い方を誤ってしまうと、人生も左右されることになるから、しっかりといろいろ気を付けたいと思います。

今日の学習で、大人になったら自由なんだな~と思ったけど、自由すぎないようにしようと思います。ルールを守って、やることはやる、家でも宿題やってからスマホさわるみたいなもんだと思います。


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