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marushinteacherの銅像教育日記

銅像教育を研究していきます。 銅像教育研究家~時空を超えた感化~ 教育サークルREDS大阪代表

2学期、ぼくが子どもたちにかける願いとは

サークル員の柴田くんより連絡がありました。

2学期の始めを白銀の3日間と呼ぶと聞きました。22日の学習会で何か準備をすることなどがあれば教えてもらえませんか?」

こういった質問がさっとできるのがサークルの強みだと感じます。

しかしREDSには課題が

それをズバッと教えることができる人がいないということ()

若いメンバー中心のサークルなので、「この人に聞けば」というのがありません。

しかし、せっかく聞いてくれたので、いろいろと考えてみました。もちろん、自分も2学期を迎えるので、自分に置き換えて考えることができたので、結果としては大変によかったです。

2学期のスタートを考える。

はじめに、「夏休みまでの間にすることは」「初日に子どもに伝えることは」「流れは」と考えたくなるんですが、そうじゃないってことに気が付きました。

事前学習法です。スタートは、2学期の事前学習法…。

2学期のゴールを自分が思い浮かべることができないと、事前の学習は定まりません。

2学期のゴールってなんだろう

また、そんなゴールって存在するのか

子育てをして思うことは「子育てに計画もゴールもきっちり決めるなんてできない」ということ。それは、ぼくには絶対に無理です。

そもそも人生をたとえ親であろうが、計画通りゴールまで連れていく。それって神様でもない限りできないんじゃないか。いや、神様だってできてもやってはいけないんじゃないか。なんて考えます。

子育てと教育はもちろん違いはあるから、同じようにというわけにはいかない。でも、カチッとしたゴールなんてものは、必要ないんじゃないかなと思います。

ある飲み会で「そうかぁ」と思ったことがあります。サークルの先生にそのことを話したら「目からウロコでした」というメッセージももらいました。

「60点がすばらしい」ということ。60点のクラスっていうのは、これはぼくの想像ですが、失敗したりうまくいかなかったりもめたり。もちろん時には、成功してみんなで喜ぶことも。そういう状態のことを言うのかなって思っています。

また「哲学を学べばテストの問題もほとんどわかるんですよ。」とアドバイスいただいたこともこの夏は大きかったです。

ということで、まとまってはいませんが、つまりは、今までずっと「クラスのゴール」ということを考ようとして数年間答えは出せなかったけど、ハッキリとしたゴールはぼくには持てないということわかりました。

でも「願い」というのは必要だと思います。

2学期、ぼくが子どもたちにかける願いとは。

・探求すること失敗してもいいから自分で考えることにさらにチ

ャレンジ!!

 ・人とつながること対話することで新たなことが生まれること。

 ・日本古来の作法をちょっと知る知ってて損はない!!

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丸岡 慎弥
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